どの子も伸びる 



   Hくんの思い出

   お正月というと、思い出すことがあります。
   かなり前のことです。
   私は、マンションに住んでいました。
   隣の家にHくん(当時1年生)という子がいました。
   うちの子(当時2才)とよく遊んでくれました。
   とてもやさしい子でした。
  
   年末にHくんのお母さんから相談されました。
   算数ができないというのです。
   成績も…悲惨だといいます。
   「家でもやらせてくださいと先生にいわれたんですけど…」
   「うまく教えられないんです」
   「私がやると、怒っちゃうんです」
   どうしたらいいかとのことでした。
  
   私が小学校教師であることを知っているので
   頼みにきたのです。
  
  「Hくんを連れてきてください」
   どれくらいできるのか、できないのか…
   まず、実態把握です。
   簡単な計算をやらせました。
   見事にできません。
   遅いです。
   指を使います。
   うーん、このままいったら…
   何しろ「2+3」もできないのですから…
  
   毎日いっしょに勉強することにしました。
   15分くらいです。
   10マス計算を教えました。
   初日は、5分だけやりました。
   +0が、時間がかかるのです。
   10題やるのに1分以上かかりました。
   そのまま写せばいいのですが…
   実に遅いのです。
   手の訓練ができていないのです。
   きたない字で遅い
   悪いパターンのフルコースでした。
   教えがいがあります。
   
   +0のコツを教えました。
  「0をたしても、増えないでしょ」
  「うん」
  「だから、そのまま写せばいいんだよ」
  「先生がやってみるよ」
   やって見せました。
   3秒くらいです。
  「うわーっ、先生速い」
  「さあ、Hくん、やってみよー」
  「写せばいいんだよ」
   伊東家の裏技ですね(笑)
  
   Hくんの目が輝いてきました。
  

  5分の練習で

  「そうか!」
   コツがわかったようです。
   コツがわかれば、練習あるのみ。
   頭でわかったことを手が理解するまで練習すればいいのです。
  
   続けて、0の段をやります。
   前回とがらっと変わったHくん。
   体から、やる氣が出ています。
   今度は、ぐんと速くなりました。
   さっきは、1分かかってもできなかったのです。
   なんと、20秒。
  「Hくん、すごい。さっき1分だったのに、今は20秒だよ」
  「すごいなー」
   Hくんは、うれしそうです。
  「もう1回やるよ」
  「よーい、どん」
   3回目、18秒
   4回目、17秒
   5回目、15秒
   やるたびに速くなります。
  
   そして、10回目、10秒達成です。
  「やったー、Hくん、10秒だよ!」
  「できたー!」
   大喜びするHくん。
  
  「やればできるじゃない。1回の練習でこんなに速くなるなんてすごい」
  「Hくんは、天才かもしれないぞ!」
  
   5分の練習で、Hくんは変わりました。
   

   Hくんの成長

   Hくんは、毎日やってきました。
   30分間勉強するのです。
   +0からスタートしたこの取り組み。
   10題10秒でできるようになることが目標です。
   +0,+1は楽にクリアできるようになりました。
   
   +0,+1を少し練習してから、+2に入ります。
   +2は、苦戦。
   どうしても、ひっかかってしまいます。
   一カ所でも引っかかると、10秒は切れません。
   カードを使います。
   さっとできるものは、のぞきます。
   ちょっと考えてしまうものを、カードにします。
   2+5、2+6、2+7、2+9のカードをつくりました。
   裏に答えを書きます。
   私がカードを提示して、答えさせます。
   いえないときは、私が答えをいいます。
   まねさせます。
  
   カードのあとは、10マス計算です。
   15秒、14秒、16秒…
   まだまだ、10秒の壁は厚いです。
  
   しかし、毎日練習していると奇蹟がおきます。
   あるとき、すんなり10秒切ってしまいました。
   手の動きがなめらかで、よどみがありません。
   リズミカルです。
   これは切れると思ったら、10秒フラット!
   ついに、2の段をクリアしました。
  
   こんな感じで進めていきました。
   クリアした段は、さっと練習します。
   課題の段は、カードを使って練習→10マス計算
   +0→+1→+2→+9→+8→+3→+7
   Hくんは、次々にクリアします。
   +4、+5もクリア。
   残るは、+6です。
  
   +6は、苦戦しました。
   どうしても、引っかかってしまうのです。
   今の流れからいけば、すぐクリアできると思うのですが…
  「Hくん、反対をやればいいんだよ」
  「反対?」
  「6+2は、2+6と同じ答えになるでしょ」
  「6+3は、9 3+6も9」
   Hくんが、なるほどという表情をしました。
   わからないときは、反対にしてたす
   ことを教えました。
  
   数日後、+6をクリアしました。
  
   休み中、毎日通ってきました。
   いっしょに30分勉強しました。
   その成果やいかに?
  
   3学期が始まりました。
   ある日、Hくんと母親があいさつにきました。
   なんと、クラスでトップになったというのです。
   今では、どの段も8秒以内にできるとのことです。
  「先生、ぼく算数好きになったよ」
   Hくんは、とてもうれしそうに笑いました。