教師の技術 授業
   教育技術の本は、ちまたにあふれています。私は初任の頃とはえらい違いですね(なんかおじんくさいかな?)。「だれにでもできる」系の本がやたら目につきませんか。商売の決まり文句ですね。これは。「だれでもできる」「あなたにもできる」。
 しかし、ちょっと待ってください。ちょっと考えると、矛盾に氣づきます。
 「だれにでもできる」 うーん、私のような中堅(経験16年)も、1年目の先生も同じようにできるのかな? そんなことはないでしょう。もし、同じようにできてしまったら、私は16年間何をやっていたのか ということになります。
 「だれにでも」というのは、初級レベルです。最低ラインのことをいっているのです。
 経験3年目以上の人は、「自分にしかできない」ことを追究すべきだと思います。もちろん「だれにでも、努力すればできる」 なら、賛成です。
 この章では、私の授業技術を紹介したいと思います
 
     
     
単調な授業からの脱出  
  授業時間を変える  
     
  単調な授業からの脱出
 授業を参観します。ほとんどの授業が単調です。メリハリがないのです。だから、子どもがあきてしまいます。最初はの勢いはどこへやら、途中でだらーっとした感じになってしまう授業が多いですね。もちろん、私もそういうことがあります。
 まあ、工夫していないんでしょうね。
 テレビドラマ、連載漫画、読者を引きつける工夫をしていますね。たとえば、必ずいい場面でコマーシャルが入りますね。「ああ、いいところなのに」。 チャンネルを変えさせないための技です。漫画も同様です。
 子どもが育っていれば別ですが、ふつうの場合、単調授業はあきられます。「うちの学級は、集中力がない」という人は、自分の授業を振り返ってみましょう。録音する。ビデオを撮る。それを再生してみましょう。たぶん(いや、絶対に)いやになると思います。おもしろくないんですね、これが!(経験者は語る)
 私は、6年目までは、授業を録音し毎日のようにテープおこしをしていました。聴いていていやになります。「へた」「おもしろくない」「平板」と、自分の授業をけなしまくりました。
 あんまりひどいので、すぐに工夫するようになりました。
 毎日工夫するうちに、少しずつうまくなってきました。その中で、ポイントを発見しました。「こうやると単調にならない」「メリハリがつく」という方法を見つけました。
 さて、これから書いていきたいと思います。
 
  授業時間を変える
 
ずっと考えていました。
「どうして、1年生も6年生も同じ授業時間なのだろうか。45分でなければいけないのか」
 新採時代、45分子どもを集中させることができませんでした。「私には力がない」と落ち込むこともありました。15分〜20分くらいは、うまくいくのです。しかし、それを越えると、間延びしてしまうというか、だらだらという感じになることが多かったです。
 考えました。45分をいくつかのユニットに分けたらどうだろうか と。
 国語の授業を次のようにしてみたのです。
   1 音読 10分
   2 「一人調べ」 10分
   3 話し合い   25分
   4 まとめを書く 10分
 不思議(?)なことに、子どもたちの集中力が切れることがなくなりました。
 なんだ、当たり前じゃないかと思う人もいるでしょう。でも、当時の私にとっては、画期的なことだったのです。
 1時間の授業の中に、音読、自学(考えて書く)、聴く・話す、書くの5つを明確に位置づけたのです。
 
 現在、ようやく市民権を獲得できそうなところまできましたね。
 「モジュール」という考え方が出てきました。
 
   
 5分の授業

 「5分で何ができる」
 という人もいますが…
 どうしてどうして、かなりのことができます。
 カップラーメンを食べられますよ(笑)